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pag1テトラへドロンのヘルプからソフトウェア特許についての部分を抜き出しました。 ソフトウェア特許について日本では、ハードウェアがらみのソフトウェアについてだけ 日本でも年間2万件のソフトウェア特許が出願されているとインタフェイス95/6に書いてありました。 そんなわけで、日本でだけ売るプログラムを作っていても、他の特許を侵害している可能性が出てきます。それでも、pag1tetoは さらに、アメリカでは、既存のアルゴリズムに、ハッシュを使って改良しただけのものでも特許になって、さらに陪審員が、無限の拡大解釈を許してしまったりするわけで、ごく常識的な技法を使っているにすぎないと思っているプログラムでも、その部分が、特許侵害だと訴訟を受けないとは限りません。そのうえ、スーパー301条とか言って、日本がアメリカのソフトウェアを模倣している疑いがある云々と言っているわけですし。 そんなわけで、もしも、特許侵害を避けようと思えば、他人がくだらない工夫で特許を取る前に、プログラムの10行ごとくらいについてすべて特許を出願するみたいなことでもするしかありません。たとえ、そんなことをしても、特許侵害を完全に避けることは不可能なわけで、その上、先発明主義が認められるのはアメリカ国内での発明に対してだけで、日本人に対しては、そうではないわけで、出願されてから、先に発明していたと言えば済んでしまいます。徹底的に不利な状況です。結局は、実際的には、特許侵害が判った段階で、素早く対処するということしかありません。 特許制度は、努力して、開発した技術が他人に簡単に真似されて努力が無駄になり、誰も新しい技術を開発しなくなる事態を避けるために存在しているはずです。トータルとして、技術進歩を促進すべきものです。 しかし、現在の状況を考えると、10のアイデアを組み合わせてソフトウェア製品を作った人と、その内のたった1つだけのアイデアだけしか思い付かず、製品も作れずに、でも後生大事にそのアイデアで特許を取って、誰かが罠にはまるのを待ち構えていた人がいて、前者が得た利益を、後者がすべて、持っていってしまうというシナリオのために存在している気がします。 技術的には可能であるにも関らず、特許権者は、特許訴訟が専門で、製品を作るほどの技術力がなく、他方、異常に高い特許権料を主張しているために、誰も契約しないという状況になれば、誰も利益を得ることがなく、技術は止まってしまいます。 混沌の館のパーネルは、Aという文字に特許権を与えるようなことをやっていると言っていましたが、そんなことをしていては、早晩、ソフトウェアは不可能になってしまいます。この比喩を地で行く小説を筒井康隆は書いていました。ですから、非常にわかりやすい比喩です。 小説であれば、音が1つずつ消えていき、最後になった時点で、小説が終われば、済むことですが、技術は、すべて特許になってしまってそれに抵触しない一切の技術開発は不可能となれば、どうするのでしょう。 しかし、知的所有権を重視する傾向はどんどん強まっています。今後、ますますレベルの低い工夫が特許になっていくでしょう。特許だけではなく、ノウハウといった点でも同様です。 以前なら、不完全なソフトを売っているのに対して、それを補完するような機能のソフトを作るのは、以前は自然なことだったと思いますが、最近では、不可能になりつつあるようです。高い技術力より、凡庸な技術と LZW特許の件をきっかけにして、知的所有権課のある大企業のプログラマでないことの不利を強く感じています。そのせいで 減色という言葉を、暗くするという意味だと思っている人がいたみたいに、特許と、著作権の区別が付かない人もいるみたいです。僕がソフトウェア特許に対して神経質になっているのをみて、そういう人は、僕が著作権侵害をしている可能性があると疑うみたいで、いやになってしまいます。著作権侵害をしないようにするためには常識があれば足りることですが、特許侵害を絶対しないためにはプログラムを作らないようにするしかありません。 関連ページ
06/10/09更新 |
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