
アメリカに出願準備中でした。
95/6/15に出願したので、1年半はすぎてしまいました。出願した書類が公開され公知の事実となってしまいました。現在の所は、日本にしか出願していないので、公開されたのを読んで、マイクロソフトやネットスケープやアドビなどのアメリカのソフト会社が、少なくとも日本以外で、真似したソフトをロイヤリティーを払わずに作って売る事が出来てしまう事態になってしまっています。
悪くすれば、日本でも、僕が、特許侵害の訴訟を起こせないと踏んで、真似した製品が出てしまう可能性があります。

アルゴリズム帝国主義について
強発明主義の時代
アメリカでは、1980年にレーガンが大統領になりレーガノミックスとかが主張されていたころから、知的所有権を強く主張することがアメリカが再生する道だということで、強発明主義の時代に変わったと言われています。
そのころから、ソフトウェア関連の発明が徐々に増えてきたそうです。しかし、アメリカにおいてさえ、大学でソフトウェアを学んだ人がソフトウェア関連特許を審査するために特許庁に配置されたのが1994年になってからということで、これまでに特許になったものの9割はクズだそうです。
日本においても、アメリカで特許になっているので、特許にしないわけには行かないとして、逆行列の意味が理解できない審査官という批判を受けつつも特許にしてしまうみたいなことが行われている様です。
ながらくソフトウェアは特許にならないと言われていたのですが、気づかないうちにそういう時代になってしまっているわけです。
ソフトウェア特許にどう対処するか?
インターネット上では、良いアルゴリズムを発明し、それを特許にせずに公開することで、時代に対抗しようとする動きがあるようですが、そんなことをしても、そのアルゴリズムをもとにハッシュを使って高速化しただけというようなアルゴリズムが特許になってしまって、無意味なことになってしまうだけだと思います。くだらないソフトウェア特許が出願された時に、無効にするための努力こそが重要だと思います。
日本において、ソフトウェア関連発明の出願が年に2万件と書いてあったのが数年前のことですが、技術レベルの低いものが多数特許になっているとすると、特許侵害を避けつつソフトウェアを作ることはほとんど不可能に近いことになります。パソコンのメーカーは、マザーボードとケースとFDと...と数え上げられる位の部品を組み合わせて製品を作れるわけですが、ソフトウェアは数万行のソースからなり、ハッシュを使って高速化するくらいのことなら、10行程の変更にすぎないわけで、割り算すると数千の不安要因が存在することになります。
それを避けるには、プログラムを売るのをやめて、ソフトウェア特許で生きていくという道を選ぶしかありません。あるいは知的所有権課を持ち、企業間で特許権の相殺取引をしている大企業に勤めてそこでプログラムを作るという様なことです。
二番煎じが成功してしまうという市場の失敗
一部の人は、ソフトウェア特許がなくても、マイクロソフトのように成功している企業があるのだから、ソフトウェア特許は不要だと言っていますが、それは大きな勘違いです。もともと、市場に任せておけば、見えない手がうまくやってくれるというのが経済の基本的な立場ですが、パソコンの市場がやっているのは、真似だろうが、低性能だろうが、安い方を選択するというだけのことです。
マイクロソフトは、BASICをパソコンに移植し、CP/Mを86に移植したものを5万ドルで買ってIBMに売り、パロアルトの研究所の産物を真似たMacを真似たWindowsを作りと、二番煎じで成功してきました。また、現在小さいながらマイクロソフトのライバルと見なされているネットスケープにしたところで、ソース付きで公開されていたWWWソフトを移植し、グラフィックスを追加しただけです。
他の市場では、特許制度があったから、二番煎じが大成功を納めることは無かったけれど、ソフトウェアは特許で守られることがなかったために、マイクロソフトのような二番煎じ戦略が大成功を納めてしまったわけです。
ソフトウェア産業だけは、後から真似した低い技術が、市場で成功を収めてしまう失敗した市場です。この分野で努力しても、報われる可能性はありません。ソフトウェア特許制度を批判するのであれば、アルゴリズムの開発者にどうして報いるつもりなのかを明確にしてほしいと思うわけです。
マイクロソフトの帝国
現在において、プログラムを売ることの意味は、マイクロソフトのために市場調査をしてあげている様なものにすぎません。市場があるとわかれば、その分野にマイクロソフトが無料のソフトウェアを出してくるわけです。ネットスケープナビゲーターとインターネットエクスプローラーの関係が有名で、その範囲内では、ネットスケープが耐えているわけですが、マイクロソフトが無料で競合製品を出してくるために、より優れた製品が消えていくというのは、繰り返し起こったことです。
FAXモデムについていたFAXソフトを愛用していたのですが、Windows95では正しく動作しなくなってしまいました。しかたなく、Windows95に付いてきたFAXソフトを使っていますが、マイクロソフトFAXにはログを残す機能がありません。(mailが来てこれは、僕の間違いでした。受信トレイという別のアイコンをクリックすると出てきました。ただし、相手が話し中で、送信に失敗してもそれは区別が付きませんから、ログがあってもなくても同じです。)これは一例で、OSを勝手にバージョンアップして、非互換の部分に対応するのに困っている間に、マイクロソフト製の安物に置き換えてしまう例は、無数にあるでしょう。
まあ、パソコンを買うけれど、飾りにしか使わない妙なユーザーが大多数を占めているからこその現象でしょう。
「DDJ」96/11の141ページに、酒井法雄という人も、新しいバグ入りのOSを次々出し、ドライバが新しいOSに対応しバグが無くなった頃には、次のバグ入りOSが出ているという風なことを書いて嘆いていました。
WIRED96/12でピーター・ドラッガーがコンピュータ業界はトータルでは成功していないという似たような主張をしていました。
科学の世界では、新しいパラダイムを打ち立てた人が、後の研究者によって引用されることによって、どんどん有名になり、後の人から見ると、後の人の研究成果まで、最初の一人がやったように見えてしまうということが起こります。
しかし、技術の世界では、逆にエンドユーザーを捕まえた企業は、それが誰の技術の上に立っているかを秘密にしてしまうので、多数の先駆的研究はその犠牲になってしまいます。特許で守れる程でない小さなアイデアであれば、真似し放題ですから、そんな風にしてかき集めたアイデアを人海戦術で製品にまとめて、安い値段で大量に売れば、大儲けです。
そういう状況を変えるのは、ソフトウェア特許しかないと思います。僕は相変わらず、M社のソフトMが、ITNの中田さんの特許を侵害していると疑っています。実はこういう例がいっぱい潜んでいて、そのうち、拾い食いする意地汚いソフトハウスは死ぬという世界が現実になると思います。
それに対応して、極力自分ではソフトを作らず、既存のルーチンをダイナミックリンクする様なソフトウェアの作り方が、正しい生き方となるでしょう。アルゴリズム帝国主義に反対する人でも、このくらいの考え方であれば、抵抗もないのではないでしょうか? すべてのプログラマが、欲しいルーチンを簡単に検索でき、需用の多いルーチンについては、性能のコンテストが実施されるような仕組みがあれば良いと思います。
アルゴリズム帝国主義
ソフトをできるだけ作らないという方針をもっと進めると、ソフトを作らないということになります。ソフトを作らずに何を作るかというと、アルゴリズムです。
ビルゲイツは、自分ではパソコンを作らず、誰かが売り出すのを待ってから、それ用のソフトを書きました。ハードを作っていなかったために、各社のハード用のBASICを供給する立場に立つことができて、その結果、それがデファクトスタンダードとなりました。
ハード対ソフトの関係に相当する次は何でしょう? ソフト対データでしょうか? あるいはコンテンツ(コンテントと言っている人の方が英語が得意そうです。)とみなしている人が多い様です。でも、あらゆるソフトウェアに供給可能なコンテンツというのは、思いつけません。コンテンツは、むしろ作家の個性で勝負という様な世界になるでしょう。
また、javaこそがそれであると期待する人も大勢います。でも、以前にも中間言語で動くPascalがありました。単なる言語でなく環境だとしても、すべてのOSで走るために最低限の環境でしかありえないと言われています。それに、今のところは、大したことができていません。
というわけで、僕はアルゴリズム帝国主義を目指します。アルゴリズムはすべてのソフトウェアを共通に高度化することができます。

96/8/27 特許関係で読んだ本のリスト
96/8/26 スタート
今後、新しい応用を思い付いたら、書いていきます。また、アルゴリズムの説明も可能な範囲で書いていきます。

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