姫路には、修験道関連の書写山円教寺と陰陽道の広峰神社の両方がそろっていたのですね。というか性空上人はいったいどれだけの山に足跡を残しているのでしょうか? 播磨の人では、「終わりに」には和辻哲郎がでてきました。途中には、語源についての説で、柳田国男もでてきました。
蘇我馬子の墓のことも出てくるのですが、ごく最近見つかったのは、蘇我馬子邸宅跡でしたっけ。
イモガイでできた腕輪のことも何回か繰り返して出てきました。女性はイモガイで、男性はゴウホラガイ(ゴホウラガイの間違いでした。
2004/6/11追記)ということで、子供のころにはめて身分を示したそうです。186ページには写真も出ていました。琉球などから輸入した貝を薩摩半島で加工していたということになっています。赤椀の世直しでは無視されてることになっていますが、とりあえずこれまで読んだ2冊の本で言及されていました。
ベブは牛のことというのが出てきました。姫路の近所に別府という地名があって、べっぷと読んで叔父に訂正された記憶があるのですが、あれは「べふ」でした。
知覧の特攻隊基地のことも出てきたのですが、なんと驚いたことに著者も特攻隊の生き残りで戦争が長引いていたら特攻隊として死んでいたかもしれないそうです。実家の近所の蓮浄寺の住職も特攻隊の生き残りだし、姫路市で、人工心臓を作っているトーマス技研の社長も特攻隊の生き残りです。