「言論の自由」という言葉の使い方について97/5/16 警官にインターネットを見る予算を与えることが、言論の自由を制限することになるという様なmailが来ていました。大間違いです。気に入らない主張をする人に対して、他人のIDを騙っていやがらせの書き込みや名誉毀損書き込みをする様な犯罪を許すことは言論の自由を破壊することにつながります。言論の自由を守るためにも警察権力は導入されるべきです。 ともかく、何重にもおかしな主張でした。「言論の自由」という、言葉の意味自体が分かっていないのではないかと思ってしまいます。今の時代から考えると隔世の感がありますが、電話にカプラーやモデムをつなぐことができるようになったのは、日本では1980年代もかなり進んだころになって、ようやくのことでした。例えば、そういうパソコン通信の初期の頃に、パソコンソフトのコピーをにおわせる書き込みを見ると、そんなことをすると、パソコン通信の発展を阻害するから、やめろという様な反応が起こったものです。 インターネットの商用利用ができるようになってから、どれだけたったでしょう? 自由は徐々に拡大されてきたものであって、自由はあらかじめ与えられている絶対的な権利ではありません。他の多くの権利と同様に、いつ規制され、奪われないとも限らないものです。 インターネットでは、売春の広告が許されるなど勘違いしていて、なおかつ、それが言論の自由だと思っている人がいるとしたら、なさけない限りです。実は、そういう人の存在が、言論の自由を危うくしているのです。自由を乱用する無責任な人が、世の中に規制をもたらすのです。 インターネット人口が増えれば、その中には、悪者も混じって来て、普通の社会と同様の犯罪も起こるわけです。しかし、インターネット上に様々な被害者がいても、それが警察には見えないというのが当時の状況でした。いわんや、犯罪組織のインターネット利用とは比べようも無い程度に開きがあったはずです。まだまだ推進しなければ、インターネット上での安全は確保されないでしょう。 もしも確信犯的に現在の法律なり価値観に納得できない人がいて、あえて犯罪行為を行いたいのであれば、それはそれで良いかもお知れません。時代や地域によって、価値観は異なりますから、現在の価値観が唯一絶対ではないでしょう。しかし、それまでの人々が努力して獲得した自由に便乗して、その努力を踏みにじりぶち壊すようなことをするのではなく、独自のメディアを使った暗号通信方式でも自分で独自に開発した上で、一般人に迷惑をかけずに行うべきです。 |
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