『都市の魅力学』の感想最初のほうは、東京一極集中に他の都市が対抗できなかった歴史をたんたんと語っていて、現状認識と現状肯定と、そして楽観論という構成の本なのかと怪しんでしまいました。参勤交代が続いたのは、江戸が藩主にとっての遊園地になっていたからだという部分など、そこまで言うのなら現在の東京に3倍くらいの大学があるのも、参勤交代の続きだし、大学が遊園地であるという言い方も僕が子供の頃に良く言われていたことだと反発を感じました。 関連ページ
しかし、シャウプ税制のせいで、地方が自主財源を増やす努力は2割しか報われないという様な定番の意見の後は、年収400万円以上に定率2.4%の課税をしてそれを地方交付税に代わる税源にするというフラット税制を提案をしていました。その他、都市計画がうまくいかない4つの理由も、なかなか説得力がありました。 関連ページ
99ページに柳田国男の『木綿以前のこと』の引用が出てきました。『木綿以前のこと』は読んでいないのですが、江戸時代には姫路も木綿の江戸への直接出荷で財政を立て直した時代があったので、それが関係しているのかも知れないなとか思いました。なお、この本では姫路のことは全く出てきませんでした。 106ページあたりに、大阪で働き、神戸に住み、京都で学ぶという形が理想とされたことが大阪の衰退につながったとという分析があり、また、その前に北九州が工業で富を生み出したが、福岡がその消費地になったという風な工業都市の不幸について書いてもあったのですが、大阪がその解決策として市域を拡張したことを肯定しています。戦後の姫路市と飾磨市などの合併の場合、沿岸部の工場からの税収が中心部の戦災復興に使われてしまったわけで、これは一概には言えないでしょう。 以前、僕は多変量解析で、県庁が存在することで都市の人口が14%増加しているという結論を得ました。もちろん、それだけでは、人口規模を増やす効果を直接財政に変換することはできませんが、中枢機能の存在していることが財政的にも有利に働いているのは確かなはずです。そういえば、この本の著者も、東京だけが地方交付税を受け取っていないという石原都知事みたいなことを言っていて、その事実をどう解釈するかについて特に限定を加えていないのですが、このことを無視した上で、地方の怠慢を攻撃してしまうのは、大きな欠陥だと思います。 工業都市に中枢を残して、隣接する住宅地、消費地までに市域を拡張するという例がかつてあったかどうかを考えてみると、きわめてまれだと言うしかありません。また、大阪市の市域拡大にしたところで、阪神地域にさえ及んでいませんし、神戸市や京都市を併合することもできていません。延長すれば、地方都市で働いて、東京で教育を受けさせるというパターンが残っている限り、不幸は解消しないということになってしまいます。 114ページに東京の大田区の町工場の力について出てくるのですが、その町工場自体も、地方から誘致してきたのではなかったかという気がしています。 外部リンク
一極集中は工業社会のものであり、大手町を中心としたヒートアイランド現象を見るにつけ、パソコンのCPUのクロック上昇が発熱の限界のせいで足踏みしているのと同様、一極集中もそろそろ限界だなと思います。 関連ページ
作成 2004/5/6 - 更新 2005/05/30 |
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